N1 読解 043
 

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

 

いよいよ春——。

何となく心も体もうきうきしてきて、どこかへ出かけたくなってくるから不思議です。

四季の最初の季節であり、生き物にとっては再生といいますか、出発のシーズンでもあるので人間が浮かれるのも仕方がないともいえますが。

春はほんの一瞬しかない間(あわい)の時期。人間はもちろん、生き物にとって一年に一度しかないとても大切な季節です。

なぜ大切かといえば、長い冬の寒さのために、それまで内にこもっていたエネルギーを外に向かってようやく(a)ホウ出することができる季節だから。つまり、抑えに抑えていた体内時計の爆発です。

こんな季節は四季を通して春しかありません。だから春は一年の初め、一年に一度しかない貴重なとき。さあやるぞという気力が、体中にみなぎってくる特(b)な季節なのです。

(1)その象徴ともいえるのが、日本人の大好きな桜の花ではないでしょうか。

一気に咲き乱れる桜の花は息をのむほど美しく、ひとつひとつを眺めれば可憐(かれん)でちっぽけな花が、満開ともなると圧倒的な迫力で見るものに迫ってきます。淡い花弁が鮮やかな塊に一変し、植物のエネルギーの爆発が人の心を打つのです。

人はその姿を見て、美しさとともに、前向きな気力を呼びおこされ、新しい一年に挑むわけですが、なかにはせっかくのそのエネルギーを他のことに向けてしまう人も。

綺麗(きれい)な桜の花の下で飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。連日こんな騒ぎがつづきますと……藪蛇(やぶへび)になると困るのでこれ以上は書きませんが、何事もほどほどがやはりいちばんかと。

(2)閑話休題——。

そういった様々な理由もあり、四月は入学式や入社式のシーズンとなるわけですが、こんな話を小耳にいれました。

(3)入学式を春ではなく、秋にしたらどうかという意見が、国から出されているといいます。諸外国がそうだから、そのほうが合理的というのが理由だといいますが……これを聞いて、ふと(4)携帯電話が頭のなかに浮かびました。

今では誰もが持っている携帯電話。若い人にいわせると、携帯のない世の中など考えられないということになりますが、我々中年は携帯のない時代を過ごしてきたことも確かです。それもまだほんの少し前まで。

確かに電話は便利な機械です。電話は便利なのですが、それが携帯電話となると……便利さを通りこして、ただ単にわがままな機械にしか見えないというのが本音です。人が機械に振り回されている。そんなふうにしか見えないのです。

何でもそうなのですが、物事がどんどん進歩していけば必ず、わがままという領分に入っていきます。わがままは粋という言葉と隣り合わせで、わがままなものを粋に使いこなせば、それはそれで助かる部分もあるのですが、なかなか我々凡人にはそうもいかず困ってしまいます。

このあたりで、何かを得るということは、何かを失うという言葉をもう一度考えてみる必要があるのでは。携帯にしても、得るものが失うものより大きければそれはそれで納得もできるのですが、何か大切なものがどんどんなくなっていくような気がしてなりません。

で、学校の入学式の話ですが、確かに諸外国と足並みを揃(そろ)えたほうが便利で効率もいいでしょう。国際競争に勝つためには、そのほうが合理的でもあるのでしょうが、どうも近頃の風(c)チョウとして、あまりに勝ち負けにこだわりすぎているようにも。負けてもいいじゃないか……いや、負けた場合の舵(かじ)取りをうまくしていくことこそが本来の国の役目のように思えます。

せっかく生き物のエネルギーが満ちた時季に行われる入学式や入社式。それがもし、諸外国のように秋に(d)り行われることになれば。得るものよりも、大切なものが失われていくほうがどうにも多いように考えられるのですが。

子供のころの思い出でこんなものがあります。

小学校の入学式のことですが、ちょうどこのころは桜の季節で当時はどこの小学校にも桜の木が植えられ、綺麗な花が咲き乱れていました。一年生はお母さんたちに手を引かれて入学式に望むのですが、その光景が今でも目に残っています。

桜の花をバックにした、お母さんたちは子供心にもとても美しく見えました。そう、すべてのお母さんたちがです。綺麗な花を背にした女性は綺麗……桜の花は子供たちの手を引くお母さんたちにとてもよく似合い、溜息(ためいき)が出るほど美しい光景として目の奥に焼きついています。

やはり春は生命のエネルギーに満ちた季節です。

何だか情緒的な展開になってしまいましたが、今の日本にいちばん欠けているのはこの情緒なのでは……そんな気がしてなりません。

それではそろそろ失礼して、お花見にでも参りましょうか。

 

『朝日新聞』0745日付

学芸「体内時計めざめ、春弾む」池永陽氏の文章より

 

 

【問1】下線部(a)ホウ出」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.贈り物をホウ装する。                  (       )

2.学級ホウ壊をくいとめる。              (       )

3.彼は豪ホウな性格だ。                  (       )

4.来年のホウ負を述べる。                (       )

 

【問2】下線部(b)「特」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.奇に感じる。                        (       )

2.和感を覚える。                      (       )

3.経を説明する。                      (       )

4.別のチームに籍する。                (       )

 

【問3】下線部(c)「風チョウ」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.地震の前チョウをつかむ。              (       )

2.チョウ位を測る。                      (       )

3.世俗をチョウ越する。                  (       )

4.自然とのチョウ和を目指す。             (       )

 

【問4】下線部(d)り行われる」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.昆虫サイ集をする。                     (       )

2.動物を獲する。                      (       )

3.栄養素をセッ取する。                  (       )

4.シュウ念を燃やす。                     (       )

 

【問5】下線部(1)その」の指示内容として最も適当なものはどれですか。

1.長い冬の寒さにも耐えてきた自然のエネルギー。

2.心も体もうきうきしてどこかへ出かけたくなる人間の習性。

3.一年に一度しか再生の春を体験できない生き物の生態。

4.抑えに抑えていた体内時計の爆発が起きる春という季節。

 

【問6】下線部(2)閑話休題」の意味として最も適当なものはどれですか。

1.話は横にそれますが。

2.それはさておき。

3.話は尽きませんが。

4.つまるところ。

 


 

 

【問7】下線部(3)学式を春ではなく、秋にしたらどうかという意見」についての筆者の考えとして最も適当なものはどれですか。

1.秋は生き物のエネルギーが低下し、前向きな気力も失われる時季なので、入学式を行うのはふさわしくない。

2.諸外国と足並みを揃えて秋に入学式をしたほうが、これからの国際競争を勝ち抜くためにはより有利になる。

3.諸外国に合わせて秋に入学式をしたからといって、何か大切なものがどんどんなくなっているという現状に変わりはない。

4.諸外国と同じにしたほうが合理的という理由で秋に入学式を行うことは、得るものよりも失うもののほうが大きい。

 

【問8】下線部(4)帯電話」に対する筆者のとらえ方として適当でないものはどれですか。

1.得るものが失うものよりも大きく感じられるもの。

2.若い世代にとっては不可欠であると思われるもの。

3.便利であるが人を振り回すわがままなもの。

4.凡人には粋に使いこなすことが難しいもの。

 

【問9】本文の内容に合うものはどれですか。

1.何かを得るということは何かを失うことだという視点から考えると、日本で桜の咲かない秋に入学式を行うことは、ほとんど意味がなく無理なことである。

2.ほんの少し前まで携帯電話のない時代を過ごしてきた中年の世代には、便利さゆえに今では誰でも持っている携帯電話の粋な使い方がよくわかる。

3.日本人が大好きな桜の花は、満開時には淡い花弁の鮮やかな塊の美しさで人々を圧倒するが、ひとつひとつにはそのような迫力は感じられない。

4.現代の日本人には国際競争に勝とうというあまりに勝ち負けにこだわり過ぎる傾向があるが、負けてもいいじゃないかといった寛大さも必要である。

 

【問10】筆者の主張として最も適当なものはどれですか。

1.今の日本には、失った大切なものを取り戻す時間を持つことが必要なのではないか。

2.今の日本には、大切なものを失わないためにはどうすればよいかということについて、もう一度考えてみることが求められている。

3.今の日本には、折に触れて起こるしみじみとした情趣という大切なものが失われているのではないか。

4.今の日本には、諸外国との均衡という大切な意識が欠如している気がしてならない。

back