N1 読解 047
 

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

 

国立の博物館、美術館に対して、組織の統合や民間への委託を要請する声が強まっている。先頃も、政府の「規制改革・民間開放推進会議(以下、推進会議)」の主催で、同会議のメンバーと文化庁の担当官とのあいだで、この問題に関して討論会が開催されたことが報じられた。

この問題は、西欧諸国においても熱い議論を呼んでいる。[ A ]多くの文化遺産を保有するイタリアでは、美術館の運営を民間に委託する動きが強まり、特に2002年に、国の文化財の管理運営も民間の会社に委ねることができるとした「トレモンティ法」案が示されてからは、反対の声はいっきょに高まった。長いことアメリカのゲッティ美術研究所の所長も務めたピサ高等師範学校のサルバトーレ・セッティス教授は、「文化遺産への攻撃」という副題を持つ著作『イタリア株式会社』において、文化財の持つ意義と保全の視点から、強力な批判を展開している。

イタリア国内だけではない。ドイツの有力新聞「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」は、「ローマのタリバンたち」というどぎつい見出しで、この法案に対する懸念を表明したという。ちょうどタリバンによるバーミヤン石仏の破壊が問題になっていた頃である。

日本の推進会議は、むろん文化の破壊どころではなく、(1)文化芸術の重要性は十分に認めている。その上で「真に国民のためになる文化芸術の振(a)コウ・研究・管理保存・展示はどのようなものであるべきか」という問題意識から見直し作業を行っているという。この点に関しては、誰しも(b)存のないところである。

[ B ]、問題は、「官から民へ」という大きな流れのなかで、どこまでが「官」の責務かという具体的方策に絞られるであろう。

博物館・美術館が取り扱うのは、これまで長い歴史のなかで日本人が生み出して来た貴重な芸術品や、日本人の感性を養って来た世界の文化遺産、あるいは現代の優れた創造活動の成果などである。これらの文化財が重要な意味を持っているのは、その経済的価値が高いからではなく、それらが文化の形成と記憶の継承に決定的な役割を果たしてきたからである。それこそが日本人のアイデンティティーの中核をなすものと言ってもよい。

つまりこれらの文化財は、道路や鉄道や水道などの社会資本と同じように、国民にとってはなくてはならない文化資本である。とすれば、社会資本の場合と同じく、あるいは教育や福祉と同様に、「官」は、すなわち政府は、この文化資本の形成整備に最低限の保障を与える責務がある。だがこの点において、わが国は欧米諸国と比べて、はるかに劣った状態にある。そのことは、博物館・美術館の専門スタッフの圧倒的な不足や、文化遺産に関する*アーカイブの不備を見てみれば明らかであろう。

もちろん、これまでの博物館・美術館の体制、運営が(c)バン全だったとは決して言えない。「経営感覚」のなさや、お役所仕事に伴う非効率性は改善されなければならない。特に近年では、博物館でも美術館でも、文化遺産の保全や公開、展示だけではなく、子供の教育や生涯学習の(d)キョ点として、あるいは一般市民の文化活動や憩いの場としての役割が求められてきている。そのうちのあるものは、民間に開放した方がよいものも少なくない。

すでに一部の博物館・美術館では、その仕事のある部分を民間に委ねる試みがなされているが、その点はさらに推進されるべきであろう。

しかし民間に開放し、「市場化テスト」によって運営主体を決めるというなら、博物館・美術館の仕事のどの部分をそれにあてるかを慎重に見きわめなければならない。テストという以上その効果を測るものだが、(2)文化遺産に関するかぎり、その効果がただちに測れない場合がいくらでもあるからである

現在、ゴッホやセザンヌの展覧会を開けば、大勢の観客が集って人々に大きな喜びを与える。それは文化的にも経済的にも、きわめて有意義な「国民のためになる」催しであろう。だがゴッホもセザンヌも、生前にはほとんど作品が売れなかった。もしその当時、彼らが「市場化テスト」にさらされていたら、歴史の上でその名前は消えてしまったであろう。

もともと文化遺産とは、管理保全と公開展示という相反する要請を満たさなければならないものである。しかもこの両者は決して明確に分離することができない。作品ひとつを展示するにも、専門的な知識と経験、そして(3)優れた運営能力が必要である。もちろん、そのような能力を持った人材が現在の館員にかぎられるわけはない。民間にも多くの優れた専門家がいることはたしかである。だがそれなら、博物館・美術館は、民間の優れた人材や優秀な経営者の参加を積極的に求め、少なくとも欧米諸国なみの充実を図るべきであろう。現状では必要なスタッフの増員すら(4)ままならない状況である。日本のアイデンティティーの中核をなす文化遺産を守り、生かすということは、決してただの「ビジネス」ではないのである。

 

*アーカイブ=歴史的な記録、情報。またそれを保管する場所。

 

『朝日新聞』051212日付

美の現在「文化財管理の民間委託」高階秀爾氏の文章より

 

【問1】下線部(a)「振コウ」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.夢と現実がコウ錯する。          (       )

2.彼は温コウな性格だ。            (       )

3.被災地が復コウする。            (       )

4.大臣がコウ迭される。            (       )

 

【問2】下線部(b)存」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.ハリケーンが猛を振るう。      (       )

2.常気象が続く。               (       )

3.約金を支払う。                (       )

4.事件の経を調べる。            (       )

 

【問3】下線部(c)バン全」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.バン難を排して参加する。        (       )

2.リリーフ投手が登バンする。      (       )

3.序バンに先取点を奪う。          (       )

4.野バンな行為を非難する。        (       )

 

【問4】下線部(d)キョ点」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.キョ動不審な人物を目撃する。    (       )

2.転キョの手続きをする。          (       )

3.使用のキョ諾を得る。            (       )

4.科学的な根キョを示す。          (       )

 

【問5】空欄[A]・[B]に入る語の組み合わせとして最も適当なものはどれですか。

1.A いわゆる      B かと思うと

2.A 例えば        B とすれば

3.A 特に           B にしては

4.A そもそも      B というのは

 

【問6】下線部(1)文化芸術の重要性」についての筆者の考えとして最も適当なものはどれですか。

1.国民の感性を養う上で重要な役割を果たし、社会資本と同じように教育的役割を負っている。

2.歴史を調査・研究する上で重要な役割を果たし、経済的にも国民にとってなくてはならない資本となっている。

3.文化の形成と記憶を受け継ぐ上で重要な役割を果たし、国民の主体性・独自性において重要な部分を担っている。

4.国民が創造活動を行う上で重要な役割を果たし、すべてを民間に開放すべき文化資本である。


 

 

【問7】下線部(2)文化遺産に関するかぎり、その効果がただちに測れない場合がいくらでもあるからである」の例として本文に当てはまるものはどれですか。

1.専門家にとってはどんなに価値のある文化遺産でも、一般市民にとっては理解しがたく、その価値がほとんど受け入れられていない場合。

2.感性が大きく関係する芸術作品などの文化遺産には、絶対的な価値基準がなく、そのため時代によって評価が変動してしまう場合。

3.価値あるものとして管理されている文化遺産が、ほとんど非公開のままで保存され、国民のためのものになっていない場合。

4.価値の究明がまだ進んでいない文化遺産を、一般市民が、研究する価値のある優れたものだと信じ込んでいる場合。

 

【問8】下線部(3)優れた運営能力」の説明として最も適当なものはどれですか。

1.現在や将来を見据えた方策などを考案できる能力。

2.国民の文化的資質を見抜くことのできる能力。

3.専門スタッフの個々の考えを引き出すことのできる能力。

4.文化財収集のための資金を調達できる能力。

 

【問9】下線部(4)ままならない」の意味として最も適当なものはどれですか。

1.もとに戻らない

2.放っておけない

3.どうにもならない

4.思うようにならない

 

【問10】本文の内容に合うものはどれですか。

1.日本の美術館は、運営費用がかかっても、文化活動の活性化のために、より多くの有名な作品公開に踏みきるべきである。

2.国立の博物館・美術館を民間に委託することは賛成だが、貴重な文化財を守るために、政府は最大限の経済援助を行わなければならない。

3.博物館・美術館においては、日本のアイデンティティーの中核をなす文化遺産を守るために、優秀な専門スタッフを確保することが求められる。

4.博物館・美術館を民間に委託した場合には、優秀な人材を積極的に採用して、市場化の原理により効率性の高い運営を目指さなければならない。

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