N1 読解 049
 

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

 

ここのところ写真界では激震が続いている。

今年に入ってカメラメーカーの老舗(しにせ)ニコンがフィルムカメラからの事実上の“撤退”を発表した。またコニカミノルタはカメラ事業そのものから撤退し、1940年以降、国産フジフィルムと双璧(そうへき)をなしていたコニカフィルムも市場から消える。

とくに大正6年(17年)(a)ソウ業のニコンのフィルムカメラはベトナム戦争時に被弾を受けて(b)カン通せず、人命を救ったというような[ A ]とともにその優秀さが全世界に知れわたり、フィルムカメラの象徴的地位を築いていただけに撤退の衝撃は大きい。

それとともに、ニコンフィルムカメラの撤退はひとつの時代が終わったのだという事実を写真関係者の前に突きつける。それは写真の世界ではアナログ時代が終わりを告げ、デジタル時代が本格的に到来したということだ。今から11年前のウィンドウズ95の発売と同時期に最初のコンパクトデジタルカメラが発売されて以降、一般の人々の間ではすでにカメラがデジタルというのは自明のこととなっているが、クオリティーを重視してきたプロの世界は意外と保守的で、アナログからデジタルへの切り替えを逡巡(しゅんじゅん)する層はいまだに厚い。しかし(1)今回のことはそういった思惑を離れて、遠からぬ将来ハードの面からシステムの変容を余(c)なくされるということでもある。

ただ私個人としてはここ数年プロ仕様のデジタルカメラはプリンターやパソコンなどの周辺機器をふくめてフィルムカメラのクオリティーに比べ遜色(そんしょく)のないまでに成熟してきており、新聞、雑誌などの紙媒体での使用には問題ないと考えている。というより誤解を恐れずに言えば(2)人間の眼”そのものもここ30年の間に徐々にデジタル化してきていると考えており、むしろハードの方が後追いで人間の感覚に追いついてきたと言えないこともない。

たとえばデジタルの欠陥として言われてきたダイナミックレンジ(白から黒に至るまでの階調表現)の不足という点に関して言えば、30年のスパンでフィルムを使ってきた私の目からすると、そのフィルム自体もこの間に階調の再現が広くなるのではなく、逆に明らかに狭くなっている。つまり、基本性能が低下しているということだ。わかりやすく言うなら白から黒に至る階調表現が豊富であるということは、見た目に地味に見え、階調表現の幅が狭いということはコントラストが高くなり、見た目に派手になるということだ。フィルムは“見た目”重視に向かったということである。それはユーザーの眼自体がこの30年のうちにデジタル化し、見た目に派手な映像を求め始めたということと無関係ではない。

そのことは階調の表現にとどまらずフィルムの彩度においても(3)同様のことが言える。彩度とはやさしく言えば“色の派手さ加減”のことだが、かつてのフィルムの彩度が仮に自然に近い地味な色であるとするなら、いま主流となっているフィルムの彩度はすでに飽和点に達しつつあるほど高く、人工的なものになっている。たとえば木の葉ひとつ撮っても、その緑の色は実際の色とは似ても似つかない、あたかも造花の葉のように派手な色としてフィルムに定着される。このことはユーザー(プロを含め)の視覚も自然ではない派手な色を記憶色として脳内に定着させ、それを「きれい」と感じるデジタル的感性になっていることを示す。

そのように現代人の視覚が階調の間引きと彩度の飽和点を求めるようになったのは、環境の変化に負うところが大きいのではないかと、私は考えている。

まず日本列島の総都市化によって自然の地味な色から人工物の派手な色へと環境が激変した。また第二の視覚環境とも言えるテレビモニターの色は人工化した第一環境の彩度や階調にくらべ、さらに派手だ。また第三の視覚環境となりつつあるテレビゲームやパソコンのモニターはさらにこの傾向が顕著である。パソコンモニターは互いの競争原理から近年ますます彩度とコントラスト比を高める傾向にあり、モニター上で画像を作り込まねばならないプロの写真家は標(d)ジュン色(記憶色)が再現できないという困った問題にも直面している。

この彩度やコントラストの刺激による人間の眼の感性の変化は10年の歳月を必要としない。おそるべきことに、わずか10秒間で人間の眼の感性は瞬間的に変化するのだ。たとえば彩度の異なる2点の風景写真を用意し、はじめに自然の彩度に則した地味な写真を見せる。次に彩度を高めた写真を10秒間見せ、その後にはじめに見せた写真に戻ると、派手な彩度に刺激を受けた脳はそれを精彩を欠いた物足りないものと錯覚してしまうのである。仮にそのような色価の刺激が10年続いたとするなら、その錯覚が生物学的な脳気質の変化をも生んでしまうであろうことは容易に想像がつく。

アナログからデジタルへの移行は、そういった現代人の感性のデジタル化と同時進行の出来事であるように思われる。

タテ(じま)の飼育小屋の中で育った猫はヨコ縞が見えなくなるという衝撃的な実験があるが、どうやら2000年代の人類は、(4)その猫の生態に似てきているようだ

 

『朝日新聞』0643日付時流自論「デジタル化する人間の“眼”」

藤原新也氏の文章より

 

【問1】下線部(a)ソウ業」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.独ソウ的な研究を行う。                 (       )

2.本塁にソウ球する。                     (       )

3.その計画は時期尚ソウだ。               (       )

4.車にチェーンをソウ着する。             (       )

 

【問2】下線部(b)カン通」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.カン例に従う。                         (       )

2.貴金属を保カンする。                   (       )

3.終始一カンして主張する。               (       )

4.カン慢な動きになる。                   (       )

【問3】下線部(c)「余なく」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.虚の申告をする。                     (       )

2.礼的な贈り物。                       (       )

3.不当な扱いに抗する。                 (       )

4.参加することに意がある。             (       )

 

【問4】下線部(d)「標ジュン」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.教科書にジュン拠した問題集。           (       )

2.運動会がジュン延された。               (       )

3.ジュン沢な資金を持つ。                 (       )

4.条約を批ジュンする。                   (       )

 

【問5】空欄[ A ]に入る語として最も適当なものはどれですか。

1.談話

2.笑話

3.法話

4.逸話

 

【問6】下線部(1)今回のこと」が指す内容として最も適当なものはどれですか。

1.カメラ事業そのものの消滅

2.相次ぐ大手カメラメーカーのフィルムカメラ事業からの撤退

3.最初のコンパクトデジタルカメラの発売

4.プロカメラマンによるクオリティーの重視

 

【問7】下線部(2)人間の眼”そのものもここ30年の間に徐々にデジタル化してきている」の原因として最も適当なものはどれですか。

1.30年の間に都市化され、周りが地味な色から派手な色になり、テレビやパソコンのモニターの色もどんどん派手になってきたという環境の変化。

2.30年の間に開発が進んで人工的なものが増えるに伴い、派手な色が好まれるようになったという環境の変化。

3.30年の間に日常生活が豊かになり、テレビやパソコンといった電化製品に国民の関心が移ってしまったという環境の変化。

4.30年の間にテレビゲームやパソコンが普及するにつれ、それらのモニターの派手な色に眼が慣れてしまったという環境の変化。

 

【問8】下線部(3)同様のこと」の説明として最も適当なものはどれですか。

1.フィルムは、階調表現においては幅を狭くしてコントラストを高め、彩度においても飽和点に達するほど高くなっており、どちらもデジタルカメラの欠陥を補っているということ。

2.フィルムは、階調表現においては間引きしてコントラストを高め、見た目を派手にしているが、彩度においても実際の色とは異なる人工的な派手な色が定着されていて、どちらも“派手”を重視しているということ。

3.フィルムは、白から黒に至る階調表現が豊富であり、彩度についても自然に近い色を再現できていて、どちらもデジタルカメラの基本性能をはるかに超えるクオリティーであるということ。

4.フィルムは、階調表現においては地味な見た目であるが、彩度においては実際の色よりも鮮やかな色を再現していて、どちらもユーザーの眼のデジタル化に応じた性能を追求しているということ。

 

【問9】下線部(4)その猫の生態に似てきているようだ」の説明として最も適当なものはどれですか。

1.新しい技術の開発によって、本来の生得的機能が向上しつつある。

2.新しい技術の開発によって、本来の生得的機能が低下しつつある。

3.人工的な視覚刺激によって、自然の色をありのままに見る感性が鋭くなってきている。

4.人工的な視覚刺激によって、自然の色をありのままに見る感性が鈍くなってきている。

 

【問10】本文の論の進め方についての説明として最も適当なものはどれですか。

1.写真界がアナログ時代からデジタル時代へと移行したことによって、現代人の眼の感性が大きく変化しているという問題を、具体例を交えながら段階を踏まえて述べている。

2.写真界がアナログ時代からデジタル時代へと移行したことを紹介しつつ、その移行が現代人の感性の変化とかかわりを持つものであることを、いくつかの論拠をもとに述べている。

3.アナログからデジタルへの切り替えに逡巡する保守的な写真のプロたちと自分とを対比しつつ、現代人の感性がデジタル化していることを善と考える根拠を、後半で論じている。

4.人間の感性が視覚環境により変化しているという事実を衝撃的な実験を交えて紹介しつつも、写真界のデジタル化を甘受することへの自論を、段階を追って述べている。

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