N1 読解 052
 

【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

 

1980年代以降、欧米諸国において、「宗教」とは異なるニュアンスをもつ「スピリチュアル」「スピリチュアリティ」の語が広く用いられるようになってきている。日本でも90年代後半以降、これらの語を新聞・雑誌などで目にする機会が徐々に増えてきたように思う。

(1)この語は使う人々や状況によって多様な意味をもつが、おおまかに言えば「自己を超えた特別な存在(神、仏、大自然、宇宙など)とのつながり」を指すことが多い。「宗教」を構成するいくつかの要素(教義、組織、(a)礼、体験など)のうち、当事者の体験を特に重視する語と捉えてもよいだろう。

人類史上のほとんどの期間、特別な存在との交感は、おもに宗教世界において展開されてきた。ところが現代では、自己を超えた存在とのつながりを強調する精神文化は宗教世界から溢(あふ)れ出すようにして広がり、臨床心理、教育、医療、生命倫理など、こころや魂やいのちを扱う宗教周辺領域にも拡散してきている。

スピリチュアリティは、非宗教領域、たとえば、(2)新しいメディアであるインターネット空間においても、ときとして独特な形で表出されることがある。ネット恋愛のケースを考察しよう。

ネット恋愛とは、インターネット上での見知らぬ他者とのメール交換を通じて行われる恋愛のことである。こうした出会いはネットの普(b)キュウした90年代中頃以降活発になる。現在では、不倫や気軽な遊び相手を探す場といったイメージの強い「出会い系サイト」だが、真剣に恋愛・結婚パートナーを探す人用のサイトも数多く存在し、数百万人が参加しているものと考えられる。

ネット空間で人々が知り合うまでの手順は、一般につぎのとおりである。まず、自分のプロフィルをまとめ、サイトに登録する。つぎに、自分の希望条件によって相手のプロフィル検索をし、気に入った相手が見つかれば、メール交換の申し込みをする。そして、相手がOKならば、サイト管理人を介して相手のメールアドレスを取得する。ここからは一対一のメール交換がスタートする。

ネット恋愛の特異性は、見たことのない相手との間で形成される急激な親密性にある。1カ月程度のメール交換後に実際に数回会った相手にプロポーズするケースは珍しくない。なかには数回メール交換しただけで、会ったことのない相手にプロポーズするケースもあるという。

急激な親密性の形成にはネット空間の特性が深く関わっている。第一に、文字のみによるメール交換では言葉以外の手がかりがないため、自分にとって都合のよい相手のイメージを(c)大化しがちとなる。第二に、ネットに特有の匿名性の保持された状況においては、自らのもっとも個人的な気持ちを伝えることが可能となる。第三に、ネット恋愛の場合には、外見でなく内面性を重視するため、自分たちの精神的な関係を特別に親密なものと感じる傾向にある。最後に、メールは電話と異なり、いつでも気軽に送受信できるため、メール相手は[A]理想の存在となる。

ネット空間では、嘘のプロフィルによって相手を騙すことも可能である。また、出会い系サイトで知り合った相手による犯罪も少なくない。こうしたネット恋愛の負の側面を見逃すことはできないだろう。

だが、当事者がパソコンの画面に向かう真摯(しんし)な姿勢、メールに込めた凝集した思いが相手とシェアされるとき、人々はそれを「魂の付き合い」と感じる場合がある。これこそ、ネット空間特有の親密性が生み出すスピリチュアル体験と言ってよいだろう。この段階で、顔も知らない相手は単なる文字上のつながりを越えた特別な存在へと進展している。ある者にとっては、日常生活では見せられない「本当の自分」を(3)さらけだせる唯一の他者としてなくてはならない重要な存在になっているのである。

ネット空間でのメール相手は、どことなく宗教世界の神や仏に似てはいないだろうか。まず、当事者が対象に向かう姿勢については、宗教世界でもネット空間においても、自己のエネルギーを凝集して、真摯な態度で対象に向かい、真実の自分を表現しようとする。また、まだ見たこともないメール相手は、神や天使と同じように神秘性を帯びた「むこう側」に存在し、「こちら側」にいる自分を真に理解し、受け止めてくれる存在である。さらに、両者の交感の結果として自己変容や自己解放が生じる点も類似している。

しかし、(4)宗教世界とネット空間の根本的な違いもある。それは、ネット恋愛では、まだ見ぬ存在と現実に対面する可能性があり、スピリチュアルな関係にとどまり続けることが困難な点である。これに対して、宗教世界では、むこう側の世界は神秘的かつ抽象的で、日常の現実に回収されることがなく、手の届かないままの状態でいられるのだ。

現在、ネット空間でスピリチュアリティが表出される場は、出会い系サイトから数百万人の日本人が開(d)セツする「ブログ」(公開日記)へと広がってきている。ネット上で匿名の個々人が日々の思いを綴(つづ)るブログは、自己を深く見つめ直す機会にもなる。そして見知らぬ者同士のブログを介してのつながりは、ときとしてスピリチュアルなものへと発展する可能性を秘めている。人々は、いつの時代にも「本当の自分」を理解してくれる存在を求めているのだろう。ネット空間であろうとなかろうと、特別な存在とのつながりを想起した生き方をするのも悪くないのではないか。このように現在の私は思っている。

 

 『朝日新聞』06315日付学芸「ネット空間のスピリチュアリティ」伊藤雅之氏の文章より

 

問1 下線部(a)礼」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.虚の報告をする。

2.便をはかる。

3.事録を作成する。

4.家の流に従う。

問2 下線部(b)「普キュウ」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.試験にキュウ第する。

2.不正をキュウ弾する。

3.映画を見て号キュウする。

4.自キュウ自足の生活を送る。

 

問3 下線部(c)大化」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.作品について評する。

2.膚に触れる。

3.作物に料を与える。

4.裁判官を免する。

 

問4 下線部(d)「開セツ」と同じ漢字を含むものはどれですか。

1.栄養をセッ取する。

2.住宅をセッ計する。

3.賞金を二人でセッ半する。

4.電源をセツ続する。

 

問5 空欄[ A ]に入る語句として最も適当なものはどれですか。

1.言葉遣いのよしあしを気にしなくてよい

2.自分の日常をけっして侵食しない

3.礼節を重んじる必要がない

4.常に互いの行動を監視する

 

問6 下線部(1)この語」の説明として最も適当なものはどれですか。

1.宗教を構成するいくつかの要素のうち、自己を超えた特別な存在とのつながりを特に強調するという点において、宗教とは異なるニュアンスをもつ。

2.特別な存在との交感を重視するという点では宗教と同じであるが、その内容はこころや魂やいのちを扱う領域に限定されている。

3.特別な存在を認める精神文化の世界において、宗教と同じように臨床心理や教育、医療、生命倫理などの領域にも広がっている。

4.自己を超えた特別な存在とのつながりを意味する点では宗教と同じであるが、当事者の体験を特に重視するという点で宗教とは異なるニュアンスをもつ。

 

問7 下線部(2)新しいメディアであるインターネット空間においても、ときとして独特な形で表出されること」の説明として最も適当なものはどれですか。

1.ネット空間特有の親密性を基盤にして、真摯なメール交換をすることにより、メール相手が自分にとって特別な存在へと進展していくということ。

2.ネット空間においては真剣に恋愛・結婚相手を探す人用のサイトが数多く存在し、見たこともない相手との間に急激な親密性が形成されていくということ。

3.ネット空間では、プロフィルの登録が知り合うための始点となるが、プロフィルが嘘である可能性もあり、犯罪にもつながりうるものであるということ。

4.ネット空間が見知らぬ者同士の新しい出会いの場となることで、相互に精神的な関係が形成され、日常生活を超えた自己が特別な存在となっていくということ。

 

問8 下線部(3)さらけだせる」の意味として最も適当なものはどれですか。

1.隠れた真実を公にすることができる

2.本当の考えを苦労して表面に出すことができる

3.ありのままをすっかり見せることができる

4.真相を調べて明らかにすることができる

 

問9 下線部(4)宗教世界とネット空間の根本的な違い」の説明として最も適当なものはどれですか。

1.宗教世界は、現実を超えた神秘的な存在によって保証されるが、ネット空間は、常に自己と他者との現実生活に密着した人間関係を基盤としている。

2.宗教世界の対象である神や仏は、常に自己を超えた神秘的な存在であり続けるが、ネット空間における対象は、現実に回収され神秘性を失う場合もある。

3.宗教世界においては、自己に救いをもたらす神や仏の本質的な姿は見えないが、ネット空間においては、匿名とはいえその相手の姿はある程度見えている。

4.宗教世界においては、人間と神や仏との間に安定した関係が存続するが、ネット空間においては、自己と他者との間に崩壊の危機が横たわっている。

 

10 本文の内容に合うものはどれですか。

1.ネット空間を利用し、会ったこともない他者との間でさまざまなネット恋愛が行われているが、年々利用者も増え、そのまま結婚する人も多い。

2.真摯な思いを込めたメール交換により、メール相手は神や仏のように神秘的な存在となって自分を受け止めてくれるが、両者の関係は崩れやすいものである。

3.急激な親密性の形成されるネット空間では、相手と自分だけの精神的な関係が成立しやすく、伝え合う「本当の自分」の秘密は自然と守られるものである。

4.ネット空間では、プロフィルに嘘があったり、自分にとって都合のよいイメージを相手に対して抱いたりするといった面があることも否定できない。

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